バーバラ・Y・マーティン

 

類まれなスピリチュアルな才能から、形而上学のモーツァルトと愛情をこめて呼ばれています。

類まれなスピリチュアルな才能から、「形而上学のモーツァルト」と愛情をこめて呼ばれています。

オーラが細部まで見えるという才能を持って生まれたバーバラは、今日活躍する最も優れた透視能力者、形而上学者の一人です。

待望の新刊『神との交流 透視能力者による天使、大天使、そしてスピリチュアル・ヒエラルキーの手引書( Communing with the Divine: A Clairvoyant’s Guide to Angels, Archangels and the Spiritual Hierarchy)』は、かの有名なペンギン/ターチャー社から出版されました。受賞歴のある『カルマと転生(Karma and Reincarnation)』、『オーラ・ヒーリングのちからThe Healing Power of Your Aura )』(医学権威者C.ノーマン・シェリーとリチャード・ガーバー博士の推薦つき)、と世界的ベストセラー『オーラが変われば人生が変わる(Change Your Aura, Change Your Life)』に続くシリーズ4冊目です。彼女はアメリカ全土や日本など広範囲にわたって講演をし、全国放送のテレビに出演し、多数の有名人の相談にのってきました。ロサンゼルスを拠点とする非営利のスピリチュアル教育・出版団体であるスピリチュアル・アーツ・インスティトゥートを共同設立しました。バーバラは、文字通り数千人の人たちに、オーラとスピリチュアル・エネルギーで働くことで人生を改善する方法を教えてきました。

バーバラの形而上学への冒険は、オーラや聖なる存在たちが見え始めた3歳のときに始まりました。家族や友人、動物や木、植物のまわりにも色やエネルギーが見えました。それは、神をとても身近に感じることができる、素晴らしく、美しい時間でした。しかし、彼女の家族は彼女をどうすべきかわかりませんでした。病気の可能性を心配し、両親は医者に連れていき、医師は彼女に眼鏡をかけるようにアドバイスしましたが、どこも悪くはありませんでした。

彼女の透視能力は、彼女を何度も困難な状況に陥らせました。家族の集まりに叔母が遅れたときに、幼いバーバラは、列車の事故で亡くなったのにくるわけがない、と、口にしてしまいました。両親は、彼女がそんな恐ろしいことを言うのに衝撃を受けました。しかし、翌日、両親は叔母が実際に列車の事故で亡くなったという電報を受け取りました。もうひとつの出来事は、彼女が4歳の時、教会の礼拝後、儀式で司宰した大主教にキスをするように言われたときのことです。母親が無理強いするので、彼女は、「いやよ!彼はモンスターよ!子どもを食べるんだもの!」と叫びました。バーバラはどうしてこういったことが起こるのかわかりませんでしたし、どうしてそういったことがわかるのかもわかりませんでした。ただ起こったのでした。こういったことがしょっちゅう起こったため、彼女は見たことや経験したことについて沈黙を守ることを学びました。

彼女の家族は引っ越し、11歳の時はミズーリ州のカンザス・シティーにいました。そこで彼女は演劇に興味を持ち、ドロシー・ラモスによって率いられていた有名な演劇一座に加わりました。ある日、ドロシーは、彼女と2人だけで向き合い、「オーラが見えるのね。」と言いました。バーバラは彼女が見ていたものがオーラと呼ばれていることすら知りませんでした。それでも、その日は、彼女の形而上学における最初のスピリチュアル訓練の始まった日としてしるされました。ドロシーはヘルメス科学者であることがわかり、彼女もオーラが見えました。祖母と母から伝わる、古い、手書きの本を持っていました。これらの手書き原稿には、スピリチュアルな世界の多くの側面とともに、オーラが詳細に描かれていました。若き日のバーバラは、ドロシーとともに、彼女のスタジオで、何百枚にもわたる情報を写して過ごしました。この情報は、彼女の教育の仕事における基礎のひとつになるものでした。この新しい知識に力を得て、バーバラは自分が見ていたものを理解し、解釈できるようになりました。

10代のバーバラ

10代のバーバラ

10代のとき、バーバラのスピリチュアルな力は増大しました。このころ、彼女は、スピリチュアル・エネルギーが、オーラを変え、改良するための手段であることに気づきました。彼女はまた、他の形而上学的世界の多くの側面にも気づきはじめ、意識的にスピリットの世界に旅する能力にも気づきました。しかし、こういった充実したスピリチュアルな内面的生活にもかかわらず、彼女は知っていることについて沈黙を守りました。結局のところ、彼女は10代の若者でしたし、人生のその段階における普通の試練もありました。そのかわりに、彼女は、ジャーナリズムとエンターテイメントの世界にかかわるようになりました。彼女は19歳のときにUSOでレッド・スケルトン、モナ・フリーマン、スーザン・ヘイワードといった多くの著名人のためにバラエティ・ショーをプロデュースしました。

しかし、スピリチュアルな召喚は彼女を招き続けました。あるとき、彼女は、エンターテイメントは人生の目的ではないことに気が付き、集中した内的なスピリチュアルな訓練の時期に入りました。彼女は直接経験としてスピリチュアルな生命の多くの側面を見せられました。強烈なスピリチュアルなビジョンが見え始め、あちらの世界の素晴らしい聖なる存在たちの訪問を受けるようになりました。こういった存在が、スピリチュアルな領域の多くの側面で彼女を指導してくれました。こういった訓練は長年続きました。

ロサンゼルス在住中に、彼女は有名な神秘能力者のアイネズ・ハード博士と会いました。ハード博士はバーバラが教育の厳しさの準備をするのを助け、いつかオーラと形而上学について公に話すことが彼女の仕事になるだろう伝えました。最終的に、バーバラは岐路に立つことになりました。保険会社で働きながら2人の子供を一人で育てていたので、形而上学を生涯の仕事にするのか決めなければならなくなりました。ずっと人々を助けてきましたが、それは間接的にでした。しかしながら、誰かのオーラに助けが必要なものを見たら助けとなるヒントを伝えてきましたが、言葉に表すようになりました。バーバラはインフォーマルに話を始めましたが、それはすぐにレギュラークラスや、ワークショップ、コンサルテーションになっていきました。

このように、驚くべき女性のキャリアが始まりました。.

今日、バーバラは、形而上学の第一線で、本を書き、教え、講演をし続けています。現在はカリフォルニア州ロサンゼルス在住です。

バーバラのセッションは日本から電話で受けることもできます。通訳付き電話セッションの申し込みはこちらのページから受け付けています。